15周年
15周年
5月1日、nicolas15周年です。ほんとうに、こころからみなさんに感謝します。ほんとうに、ほんとうにありがとうございます。
nicolasはこの先どうするんですか、とよく聞かれます。
「どうする」というのは、どうにかする選択肢(やお金)がある人のものなので、どうするもこうするも、nicolasには2択しかありません。需要がなくなって閉店するか、わたしかゆかさんが倒れるまでやるか、そのどちらかです。そこに至るまであと何年あるのか、それはわかりません。どうこうできるものでもない気がします。永く続いている諸先輩方のお店を、ほんとうにすごいな、と思っていたのですが、たぶん多くのお店はうちのこの状態と一緒なのかもしれないな、と思うようになりました。
nicolasは15周年、ゆかさんと結婚して20年、わたしは50歳になります。まだ若いくせに何を大袈裟な、とお思いになるかと思いますが、ほんとうに、「ああ、終わるな。よく頑張ったな」と、人生に執着がなくなっていくのを感じています。ここまでの物語はいったん終幕です。(ある日突然世界が終わってもおかしくない、それを震災やコロナ禍などで感じてきましたので、伝えられるうちに全てを伝えて、ちゃんと物語を完結させておこうと思いました。ひとつの物語は終わりますが、まだ別の物語は続いていますし、新しい物語も始まるのかもしれません。)
2年前に、小説を出版していただきました。その小説は、2061年、わたしがもういなくなったあとのnicolasが舞台の物語です。書いたときはコロナ禍で、2020年頃の当時の視点から、未来を創作して書きました。現実のnicolasの二次創作のような未来です。
出版以降、ときどき、わたしがいなくなったあとの2061年のnicolasから今を見ているような感覚で、現実を生きているときがあると気づくようになりました。あの物語のあの場所から見た過去を、わたしは生きている。わたしがいなくなったところから、ひとごとのようにわたしはわたしを見ています。
友人たちの子どもは、成人したり、大学を卒業して就職したりするような年頃になりました。30年前、上京してわちゃわちゃしていたあの頃のわたしと同じ年齢です。もしわたしに子どもがいたら、わたしが父を嫌ったぐらい嫌われていたと思います。
友人たちにはそのうち孫ができて、おじいちゃんおばあちゃんになるんですね。子や孫がいる人たちは、しっかり人生に執着できている人が多い気がしています。わたしは田舎の母に、申し訳なかったな、とすごく思うようになりました。
わたしは、自分の父親のことが心の底から嫌いでした。父はコロナ禍中に亡くなりました。父がいなくなったことによって、やっと、わたしは息子の自我を手放すことができました。
わたしの父は、父親なんてものに最も不向きな人でした。あんな人でも父親をやらなきゃいけなかったんだな。父の頃はそういう時代だったと思うし、時代に抗えるような強さを持っていなかった人だったと思います。
わたしは、たまたま運良く上手くいってしまっただけの人です。だから、うまくいかなかった人たちの側に立てる人でありたいとずっと思っています。それなのに、いちばんうまくできなかった人を見つけてあげられなかった。父が父をやらずに、息子のままで、夢をこじらせてnicolasのカウンターに来ていたら、きっと仲良くなれたかもしれない。父のトラクターが置かれた実家の物置には古いラジカセも置いてあって、もしかしたら父は、畑仕事をしながらベートーベンの『田園』でも聴いていたのかもしれないな、なんて思っています。
わたしたちは親にはなれませんでしたが、それでもその代替品のようなことを、nicolasでの15年で少しはできたのかな、とも思っています。無責任な偽物にしかできないこと、紛い物だからこそできることもあると思っています。
仮初めの息子や娘たちは、毎年のように増えて、今でもお店に来てくれています。それは、ほんとうにありがたいことです。できることならこの先も、この子たちがもし、成功できなかった、夢がうまくいかなかった、なりたかったものになれなかったとしても、それでも居ることができる場所でありたいと思っています。
ほんとうはわかっているんです。nicolasは、過剰な愛をもらったんです。それは親のような愛です。みなさんのその過剰な愛のおかげで、わたしたちは15年続きました。普通の2人が普通のまま15年。それを同じように過剰に、あの頃のわたしたちのような人たちに渡していきたいと思います。この先ももう少し。
執着がなくなってきて、初めて「愛」のことが少しだけわかってきた気がします。言語化はほんとうに難しいし、した途端に違うものになる気がしています。ああ、これか、これのことだったんだ、と感じるようなもの。五感の感覚が鈍ってきたおかげできっと、愛の気配を感知しやすくなったのだと思います。
愛をありがとう。ほんとうに幸せです。あまりに多くもらいすぎてしまったので、もう少し生きて、ちゃんと返さなきゃと思っています。
もう正解の人生に固執する必要もないですし、かといって、道をそれた生き方に居直ることもしません。ただ、目の前の人たちと日々を生きていくだけです。
今後とも、何卒よろしくお願いいたします。
nicolas 曽根雅典 曽根由賀

(写真 須田洋次郎)
