道順

柴田元幸&ランテルナムジカのツアー「たそがれはどこですか」
高松・徳島・篠山とまわって帰ってきました。

高松の本屋ルヌガンガの中村さんは、
2年前、Hemisphereキャラバンの愛知に来てくれていた。
徳島14gで、えつこさん、丹下くん、宮田さんにやっと会えた。
あっこちゃんにも会えた。
夜は庄野さんと、いつも三茶でしてるみたいに朝まで飲んだ。
篠山rizmの前中さんとも、Hemispereキャラバンの京都で会った。
colissimoの女の子はnicolasに来たことがあるって。
いつも店で会ってるみたさんと篠山で会うのも不思議な感じがした。

柴田さんは部屋を間違えて、朝起こしにきてくれたし(なんか修学旅行みたい)、
トウヤマさんには温泉で腰痛エクササイズを教わった。
nakabanさんとはイタリアの話をした。
熊谷さんとはいつもどおり。帰り送ってもらうSAでもたそがれをみつけたね。
ひとみさんとれいこさんは各地で出したnicolasのメニューを全部食べてくれた。

なんでもない雑談をしながらごはんを食べる。
温泉に入る。
人と会う。

たのしかった。
ありがとうございました。

かつて、わたしの住んでいた町は

かつて、わたしの住んでいた町は、自然が美しい町だった。

その町でオリンピックが開催されることになり、
人々は、自然を自分の所有物のように誇った。
人々が自然を征服した証を、そこに建てた。
町は、足並みを揃えた。
わたしは、町を出た。

「日本サイコー」が気味が悪いと、多くの人は言う。
なのに、
「我が町サイコー」はとてもいいことのように言う、
不思議なものだ。
その山は、川は、海は空は、
あなたたちの所有物なのだろうか。

これだけ信者ビジネスが一般的になると、
神として神輿に担がれている人がたくさんいる。
神様のように自分を見せることが上手な人が
とてもたくさんいるみたいだ。
音楽と食べ物は、とくに神様になりやすいみたいだ。
神様になると、企業や行政から
お金がもらえるのかな。

神格化されないように
自覚的な人の誠実さを
好ましく思う。

足並みが揃っていない場所がいい。
そこでは、共感の強制もない。
そこは、いろんな人が、居ていい場所のはずだ。
そこが居場所だ。

食にまつわる考察と、そこからの解放

食材が育てられ料理人の手に渡るまでの、そこの過程に潜る人がいて、その人は大地、プリミティブ、そういったものを提示する。あるいは食材が料理人からお客さんの前に運ばれるまでの過程に潜る人がいて、その人は伝統に新しい技術を加えていく。神様の自然と、人の文化。
レシピをつくるまでの過程、それは文学的な思考と、数学的な設計図の作成。レシピを具現化する過程、それはスポーツのような反復による上達と、宗教的な敬虔さと、科学実験を併せ持ったもの。どこかに軸足を決めて、ひとつの過程に深く潜ってしまうと、他の部分が見えなくなってしまう。どれひとつ欠かすことの出来ない過程のような気がしている。

「うまい」にどんどん興味がなくなっていく。なぜなら、きわめて個人的な体験から構築された味覚というものは比べようがなく、100m走のタイムのような絶対的優勝者を出せない。どの「うまい」も、想像力で物語を補えば、うまい。優劣はない。想像力の欠如からくる「うまくない」もあるし、思考停止による「(何を食っても)うまい」もある。メディアで共有された物語もあるし、どこまでも個人的な物語もある。「うまい」は、言葉に、思考に、頼りすぎている。「きれい」に至っては、言葉と思考を放棄しすぎている。

とある本に書かれていた、
「男性の身体は透明で、日常的に身体をほとんど意識していない」
という言葉のせいにもしたくなるほど、身体性が足りないと感じてくる。伝統というある種の絶対的正義と、見映えのいい小手先から逃れようとしたときに、身体性のなさを突きつけられる。十何年もやってりゃ誰でもそれなりに上達はする。知識も増えていく。でもそういうことではない。上達して知識が増えていくということ自体が、食の本質から遠ざかる行為のように感じてしまうことがある。

食の本質は身体性だと、どこかで信じているのかもしれない。
情報ではないものを受け取る器、身体性。

もしかすると、「食べる」ということに、そこまで強い思いがなくなったのかもしれない。何をつくるか、何を食べるか、というのは、今の自分にとっては建前なのかもしれない。ならば本音はなにかと考えると、「食べる」ということを通しての、人との対話(それにはもちろん、一言も言葉を交わさない、なんなら一度も目も合わない、無言の交わりも含まれる)、に、惹かれている。

さて、今日は寒いし、蕎麦が食べたいから蕎麦を食べにいこう。
もう蕎麦心になってしまったから、今日は絶対に蕎麦。

気持ちいい春の夜

気持ちいい春の夜

かつて
同じ土地に住みながら
あなたと私は身分が違う
ということを明確にするためのものとして
食べ物はあった
そんなにむかしのことではないと思う

(家庭料理は記されない)

神格化された家庭料理
あなたは誰ですか

気持ちいい春の夜
行列のできているお店に
あんまり入りたいとは思わないんだ
だから自分のお店も
行列ができないお店にしたいな
そんなにおかしなことは言ってないと思う

アイドルのチェキ会みたいに
お店はどんどんフィクションになっていく
世の中のほとんどはフィクションだけど
食べることは
フィクションにならないといいな

気持ちいい春の夜
高尚な伝統料理は記される
そんなにむかしのことでもないと思う

正しすぎて気持ち悪い
神さまにならないように気をつけないと
そんなにおかしなことは言ってないと思う

長野オリンピック前夜

 高校生のとき、道路工事の交通整理のバイトをしたことがある。高校3年生、1994年の冬のこと。
 当時、長野は長野オリンピック前夜で、至る所で工事をしていた。翌春の上京を前にお金が欲しくて、先輩たちがたむろしているピザとお好み焼きをデリバリーするピザ屋のようなバーでバイトをしていた。この頃学校に行っていた記憶があまりなく、ほとんど行ってない気がする。月から金まで、17時~25時まで、デリバリーのバイトをしていた。そこの先輩の伝手で交通整理のバイトを知り、「お前も手伝えよ」と言われてついていった。人手が足りなかったんだと思う。夜から朝まで。日給で1万円。高校生にはかなり魅力的な金額だった。
 長野市の中心地から少し外れたところに事務所があり、そこで警備員の制服に着替えた。何か簡単な手続きのようなものをしたような気もするし、していない気もする。忘れてしまった。「寒いから、制服の下にジャージはいとけ」と言われ、私服の上にジャージと制服を着込み、肘や膝が曲げきれないぐらいもこもこになった。事務所には、わかばやエコーを吸っているおっさんが数人いた。もこもこの先輩やもこもこのおっさんたちと一緒にハイエースに乗り込み、1時間かそれ以上、ひたすら山へと車は向かった。外はもう真っ暗で、街灯もない。山道なんだから街灯というのもおかしな感じなんだけど。道中、おっさんたちは若者の僕らに気を遣ってか、エロい話を嬉しそうに話してくれた。もちろん、寝ているおっさんもいた。
 外はずっと真っ暗で、会話もなくなって、うとうとしていたら起こされた。6、7人いたおっさんは2人に減っていて、先輩は「俺、ここで降りるから」と言って車を降りた。なにもない真っ暗の道に、反射板のついた服を着た先輩を置いて、車は走り出した。「もうちょい先でにいちゃんも降ろすから」とおっさんは言った。車は、5分なのか、20分なのか、時間の感覚がゆがんだまま進んで、止った。

 車を降りてみると、道路は意外と広く、「工事中」の光る看板も出ていて、心細さは少し和らいだ。
「こんなとこ、車なんて来ねえんだよ。心配すんな。朝5時に迎えに来るから」と言い残して、車は去っていった。長野の冬の、山の寒さは痛かった。つま先の感覚はすぐになくなったが、そんなことは日常だった。僕は時計を持っていなかった。とりあえずタバコを吸った。

 本当に、車なんて来なかった。薄いオレンジの光が反射するアスファルトに震動が来た。少し先(それが何メートル、何キロ先なのかはわからないけれど)、そこで道路を掘るか、アスファルトを固めるか、とにかく何かしているんだろう。初めて持つ誘導灯を振って遊んでみたが、すぐに飽きた。タバコを吸った。歌を歌った。「ハイスクール!奇面組」のオープニングとエンディングのうしろゆびさされ組の歌を、繰り返し歌った。気になっている女の子と、どういうシチュエーションになればやれるか、を妄想した。数人分妄想したが、意外とそんなに気になっていない子との妄想がとても上手くいき、その子のことを少し好きになったりして時間を潰した。
 車なんて来ないところに道路をつくって、ここにいったい誰が来るんだろう。きっと周りは山しかないんだろうけど、その山さえ見えないぐらい暗い、こんなところに。外国人が来て「Beautiful!」とでも言うんだろうか。帰ったらこのことを、その子に話そう。

 深夜、なのか早朝なのか、車が来た。車からはおっさんが降りてきた。さっき一緒に来たおっさんなのかどうかは、もう覚えていなかったが、工事か警備のおっさんなのは確かだった。おっさんは「さみいから」と言って、缶コーヒーをくれた。「冷める前に飲めよ」と言って、アスファルトに唾を吐き、おっさんは車に乗り去っていった。すぐに、大きなトラックが1台通り過ぎた。缶コーヒーを手に持っていて、誘導灯を振ることができなかった。自分にできる唯一の仕事をすることができなくて、とても申し訳ない気持ちになった。
 温かい缶を両手で大事に持ち、指先の感覚が少し戻ってきたところで、缶を開けた。缶コーヒーはぬるかった。舌は手より温度に敏感なんだな、と思った。向こうから、ヘッドライトがこちらへ向かってきた。缶コーヒーを足元に置き、今度こそ誘導灯を振った。できた。よかった。おっさんが道路に吐いた唾はもう凍っていて、缶コーヒーは冷たくなっていた。飲み終えた缶に、タバコの吸い殻を入れた。

 車が迎えに来て、空が少し明るくなっていることに気づいた。缶を持って車に乗った。おっさんたちもみんな缶を持っていた。外の景色が見える明るさになっていて、外を見た。だいぶ先に、大きな鉄橋のようなものが、朝日を浴びて光っていた。車は道すがら、1人ずつ人を拾っていった。おっさんが「しょんべんしてえ」と言い、みんなで車を降りた。そういえば尿意を忘れていた。おっさんと並んで立ちションをした。おっさんはニヤニヤしながら何か言ったが、よく聞き取れず愛想笑いをした。おっさんは鉄橋のようなものを見て、眩しそうに目を細めた。僕も同じようにおっさんの視線の先を見た。「これで1万円だ悪くねえだろ?」と言われ、「そうすね」と答えた。これで稼いでさっさとこの町を出よう。強く思った。
 このあと何度か交通整理をしたが、この山にはこれっきり来ることはなかった。あの鉄橋を長野新幹線が走るんだろう、たぶん。

 長野オリンピックのとき、長野には戻らなかった。ピザ屋は、オリンピック前に繁華街に移転して、オリンピック後に潰れた。

偽物

街から
文学と音楽と映画が
いなくなって
もうだいぶたった

みんなもう覚えていない
かもしれないけど
今から10数年前
街にはカフェという場所があって
そこには
文学と音楽と映画があった

あの頃カフェは
店になりすました文学だった
店になりすました音楽だった
店になりすました映画だった

それに気づいた人々は
カフェを
偽物と罵った

偽物は街を追われ
本物の街には
無意味なものがなくなった

しばらくして
本物の街に
カフェが帰ってきた
カフェは
自らを本物と名乗った
本物のコーヒー
本物の食事
本物のデザート
街には本物があふれ
文学と音楽と映画は
居場所を失い
街を出ていった

本物の街は
静かで
美しく
正しい
なにかに
なりすましているようだった

それでも
この街にも
まだ
ある
目をぬすんで

文学と
音楽と
映画を
匿った
カフェが

ほとんどなにもない。

本質、という言葉があまり好きではないので、
別の言葉に置きかえようとするのですが、
そうすると、うまく伝わりません。

逆に、本質、という言葉を使いさえすれば、
本質でないものまで本質として流布することも、
できるのかもしれません。

それが、本質という言葉の本質、
とまでは言いませんが、そういう一面があることは
確かだと思っています。
本質の本質、ではありませんよ、
本質という言葉の本質、です。
言葉っていうのは、ほんとに、あれです。

わかったような顔をしている人がいます。
わかったような顔するの上手だねえ、
ずいぶんと練習したんでしょう、
わかろうとすることを放棄して、
そのぶんその顔の練習したんでしょう。

わかったような顔をすると不誠実な気がするので、
なるべくわかったような顔はしないようにしよう、
わかったような顔をしない人のほうが、
ちゃんとわかってるような気がするんです。
そのほうが、近い気がするんです。あれに。

美しい人生の物語があったとして、
それを、その話を、その話の本質を、
泣ける話
に集約したら、広く伝わるでしょう。
でも、その話は、
その人生は、
そんな話じゃないんですよ。きっと。たぶん。
そんなあれじゃ、きっとないんです。

本質は、湖面の月のようなものです。
こう、言葉にすると、
言葉にした途端に本質から遠ざかる。
湖面の月を掴もうとすると、
それは消えてなくなる。
見上げると、月はずいぶん高いところにある。

それが本質の本質のような気もするし、
ぜんぜん違う気もします。

ほとんどなにもないような
あれ
に、ほとんどのことが
入ってるんじゃないかと思います。

これもたぶん、気のせいなんですが。

わからない。

なぜ、本を読んだり映画を観たり音楽を聴いたり芝居を観たり、
美術館に行ったりおいしいものを食べに行ったりするのか。
楽しいから気持ちいいから、がいちばんの理由なのですが、
それらがわからなかったことを教えてくれるから、
というのもひとつの要因だと思っています。

わからないものがわかると、わかったことはひとつ増えますが、
それに付随して、知りもしなかったわからなかったこと、
というものが膨大に増えます。
ということは、わかればわかるほど、
わからないことがとんでもなく増えていくことになります。
つまりは、わかった、というのは、わかった気になる、ということ。
「自分はなにもわかってない」とわかること。
ここがまず、スタートだと思っています。

人になにかを伝えようとします。
よく言われることですが、
「わかってるやつは言わなくてもわかってる。
 わかってないやつは言ってもわからない」
たしか、立川談志さんの言葉だったと思います。
そうなると、なにも言えなくなってくる。
それでも、真摯に言葉を紡ごうとすることをやめない。
わかってる、と思ってた人が実はわかってなかった、
ということもあると思いますし、
自分の考えを絶対に変えない人、なんていうのは実は
そんなにいないと思っているので、
何かのタイミングで、今まで頑なに拒否していたものが、
すっ、と
受け入れられたりするものです。

ただ、自分の保身のために、
誰かを貶めるために、
なにかを伝えようとは思いません。
いや、正確に言えば、言ってやりたいと思いはします。
でも、言いたくない。
言ってしまうこともあるけど、できるだけ言いたくない。
それがきっと美意識というやつで、
他人から正確に理解してもらうための弁明
というものをするぐらいなら、
誤解されていても仕方ない、ぐらいに思っています。

だってきっと、
誰かのことを正確に理解するなんてことはありえない、
ということが、
「自分はなにもわかっていない」ということが、
わかってきた気がするからです。

人を信用するということは、
「あなたはわたしを裏切らない」
ではなくて、
「あなたがわたしを裏切っても、いいよ」
だと思ってます。

(仮)

すべての人は、ある場所ではマイノリティになると思っている。

最初から、マイノリティだと思われている人もいる。
それは、喫煙者だったり、
子連れのお母さんだったり、
お酒が飲めなかったり、
それぞれ肩身が狭かったりする。

マイノリティで集まって、過半数を占めて、
胸を張って振る舞う、のは少し違う気がしている。
それはきっと、その中でまた別のマイノリティを生むし、
集まり同士が対立する。

それぞれ違うマイノリティが、たまたま居合わせる。
喫煙者、子供連れ、下戸。
状況はさまざまだけど、肩身が狭いということが共通点。
それぞれの肩身の狭さを、想像できると思う。

多様性を尊重することが、分断を生むのではなくて、
そういう社会がいいなと思うけれど、
社会なんて大きさではむずかしいのかもしれない。

なら、お店ぐらいの規模ならできないかな。
そんなふうに思う。

マイノリティが、選民意識にならないように。

6周年。

縁もゆかりもない人たちが、
6年たって
縁もゆかりもある人たちになりました。

この場所で
偶然が積み重なっていくのを
これからも見たい。

ありがとうございます。
nicolas、6年たちました。

まわりの先輩たちのお店が、
11周年だったり、23周年だったり、
本当に、すごいなと思います。気が遠くなる。
同時に、
10年やった人が言うから重みがある言葉、
というのがある、
ということにも気づきます。
10年やってからじゃないと言えない言葉。

もし、なんとか、10年続いたら、
言いたいと思っていることがあります。
今はまだ早い。
10年たったら今言いたいことなんか
すっかり忘れちゃってるかもしれないんですが、
そのときにまだ、
言いたいと思っていたら、
言おうと思います。

もつかな。

これからもよろしくお願いします。