Rue de Vin。

ブドウを見る小山さん。

夏季休業のおしらせ。

8/16(火)~8/23(火)
まで、
nicolas、夏休みを頂きます。

なお、8/15(月)は、
14:00~19:00
8/24(水)は、
16:00~24:00
の営業とさせていただきます。

申し訳ありませんが、宜しくお願い致します。

SOUR presents SlowGear 4.00 Sunset Cruise One man。

nicolasは、もともと出張パティスリーとしてスタートしました。
映画の初日来場者プレゼントのお菓子や、DJイベントケータリングなど、映画や音楽で自己表現をしている方たちに刺激を受け、自分たちもそうありたいと思って現在に至っています。

nicolas、この夏、久しぶりに出張します。
こちら。

この、SOURサンセットクルーズ船上ワンマンライブに、お菓子をケータリングさせていただくことになりました。
船上です。テンション上がります。Soheyさんがニコラで仔羊食って「優勝!!」と言ったときみたいにテンション上がります。調子にのって海に落ちないように気を付けたいと思います。優勝!!

SOUR、youtubeなどで音源聴けますのでぜひ聴いてみてください。すげえいいです。PVすごいです、日々の音色。

夏休みの思い出に、SOUR。

川中島白凰。

川中島から桃、届きました。

おしらせ。

8/7(日)は、
13:00~18:00
8/8(月)は、
14:00~20:00
の営業とさせていただきます。

申し訳ありませんが、宜しくお願い致します。

無題。

「食の安全」に対しての正しい知識が欲しいので、時間があるときには調べたりしています。今まで以上に、これから先は、プロとして食品を提供する側の僕たちにとって避けては通れない問題だと認識しています。調べれば調べるほど、不安な気持ちになってしまうのですが、「いやあ、そんなこととは知りませんでした」とは言えないので調べます。どの方が言っていることが正しいのか、取捨選択できるように。

震災前にお会いしてお話させていただいた農家の方々の、現状が、とても心配だったりもします。人の心配してる場合じゃないのですが。思っていても言葉にできないこともあります。生産者と消費者の間にいる、僕たちの葛藤。

結局、できることを最大限やる、しかなくて、みんなが普通に楽しく外でごはんが食べられるように、僕たちはやる。楽しくやる。誠実に。この国の先行きを憂うのではなくて、猥談や愚痴なんかを撒き散らしながら酒を飲んでもらいたい。

僕がいつか、テレビで喋って影響力のあるようなイケメンシェフになったなら、そういうこと言いたい。

おしらせ。

明日7/28(木)は、誠に勝手ながら
16:00~
の営業とさせていただきます。
ランチはお休みとなります。

申し訳ありませんが、宜しくお願い致します。

メリーアン。

よく、お店をバンドに例えたりします。
「外から見るとピカピカなんだけど、中はだいたいボロボロだったりするんだよ」
というようなことを、喫茶店のマスターが言っていたのをよく覚えています。
いしいしんじの「麦ふみクーツェ」では、オーケストラでの“シンバルの人”の大切さを説いていました。

基本的にはサービスがボーカルで、厨房がリズム隊だと思います。華があって歌唱力のあるボーカル(サービス)と、安定した高い演奏力を持つ縁の下の力持ち的な鍵盤兼プロデューサー(料理人)みたいな、ドリカムやピチカートみたいなユニット(店)だったり、偏屈な店主が一人で我が道を進む井上陽水・泉谷しげる的な店だったり。たまに楽曲提供とかしたりしてね。バンドの体を成してはいるけれどワンマンバンドで、「音楽性の違い」により解散したあとソロデビューしたものの、実はバックに支えられていたことに気付き再結成、みたいなこととか。大槻のボーカルは、橘高のギターとエディのピアノによって引き立っているのですね。いや、内田くんのベース&コーラスも、本城のギターも欠かせないな。やっぱり筋肉少女帯には敵わないなー。中央線沿線には、ゆらゆら帝国みたいな店がわんさかあったりしますね。大好きです。

で、じゃあnicolasはなんだろうっていうと、

・・・アルフィー?
全員歌ってるし。熾烈な高見沢争奪戦が繰り広げられること必至。

ダチョウ倶楽部を目指して頑張ろうと思います。絶対押すなよ!

おしらせ。

7/19(火)、20(水)は定休日のため、nicolasお休みをいただきます。

7/24(日)は貸切のため、
13:00~18:00
の営業とさせていただきます。

申し訳ありませんが、宜しくお願い致します。

ひんしゅくを買う。

高橋源一郎・山田詠美「顰蹙(ひんしゅく)文学カフェ」を読む。デビュー時に世の顰蹙を買ったお二人が、世の顰蹙を買った作家を招いて、もう一貫して「顰蹙を買わないような作家はダメだ!」という流れ。

今の世の中、こういったいい意味での顰蹙を買うのって難しい。非難はいくらでも浴びますが。
樋口毅宏の「さらば 雑司ヶ谷」を読んだときに「あ、阿部和重だ」と思ったのですが、阿部和重が「アメリカの夜」や「インディヴィジュアル・プロジェクション」を書いた10年前とは時代が違う。果たして今の世の中で、樋口毅宏が顰蹙を買うことができるのかどうか、少し不安になりました。園子温の「冷たい熱帯魚」を観たときと同じような不安。これで顰蹙買えなかったらもうお手上げ、みたいな感じ。

高橋源一郎が言う、
「もうずっと前から『文学』なんかどこにもなくて、ないのに、『文学』『文学』とか言ってるとか思われて、『あんた、終わってるよ』っていう視線を浴びてるのに気づいてないのかも、って思わない?」
の、文学って、文学だけじゃなくて、音楽だって映画だって、それこそ食だって一緒。ネットがあってコンビニがあれば、誰ももう文学なんて読まないし、ライブハウスや劇場映画館にも足を運ばないし、外食だってしないし酒も飲まない。
そんな現状を認識した上で「上等だよ!オレが文学だよ!」と言い切る姿に共感します。リリーさんと澤口シェフの「架空の料理空想の食卓」で「飯を食いに行くというより、オヤジの無理を見に行くという感じ」とリリーさんが言ってるのと同じ感覚。

nicolasも「上等だよ!」なんてそれこそ上等なことが言えるように、一歩ずつ一歩ずつそんな顰蹙を買っていければいいな、などと思います。
あ、非難はしないでください。打たれ弱いんで。