クリスマスケーキ。

nicolas、今年もクリスマスケーキやります。

外はピスタチオとフランボワーズのジョコンド、
中はマスカルポーネチーズを使った苺のショートケーキ、
上にはキャラメリゼしたシュー。
昨年と同様のクリスマスケーキです。

9cm ¥2000
12cm ¥2800
の2サイズです。

加えて、今年はもう一種類、ブッシュ・ド・ノエルもあります。
紅茶のシフォンとキャラメルミルクチョコレートのロールケーキ。
まわりにはヘーゼルナッツ、ピーカンナッツ、ピスタチオ、カカオニブを敷き詰めた、
そんなブッシュ・ド・ノエルです。

ブッシュ・ド・ノエル ¥2500

12/1(土)より、ご予約を承ります。
申し訳ありませんが、お渡し日は限定させていただき、
12/22(土)、23(日)、24(月・祝)、25(火)
の4日間となります。
それほどたくさんはご用意ができません。申し訳ありませんが、売り切れの場合はご容赦下さい。

ご予約、お待ちしております。

※クリスマスケーキは受付を終了させていただきました。
ご予約ありがとうございました。

おしらせ。

「火曜日はぜったいに休む」
が決まりのnicolasでしたが、なんと今年はクリスマスが火曜日でした。
ので、さすがのnicolasも営業します。
加えて、毎年参加させて頂いているイベント、BOY MEETS GIRLもあり、お休みが不規則になります。

nicolasの12月のお休みは、
12/4(火)、11(火)、15(土)、
18(火)、19(水)、26(水)、
30(日)、31(月)
となります。
12/25(火)は営業致します。

なお、12/15(土)はお休みですが、チーズラボさんの教室は開催します。

申し訳ありませんが、宜しくお願い致します。

おしらせ。

nicolasでは、
11/15(木)より、イラストレーターのおかのちかげさんの作品展がはじまります。
http://www.chi-ka-ge.sakura.ne.jp

11/15(木)は、オープニングパーティのため、
14:00~17:00
の営業とさせていただきます。
申し訳ありませんが宜しくお願い致します。

11月いっぱいの展示になります。
ほっこりとしたイラストたちをみにきて下さいね。
カフェオレやミルクティにぴったりだと思いますよ。
ぜひ。

空洞だった胸がいっぱいになる。

伊藤理佐さんの「おいピータン‼」がとにかく大好きなのですが、11/10号「Kiss」での「おいピータン‼」がほんとに、よかった。

話としては、駅前にある焼き鳥屋さんの閉店を、大森さんと渡辺さんが残念がる、という、まあ、一言でいってしまえばよくある話なのですが。大事だったお店がなくなってしまう、という話は、ほんとに沁みる。僕には下北沢に好きなカフェが2つあったのですが、2つとも、もうありません。西口のチクテカフェと、一番街のカフェ・オーディネール。
ピータンでは最後、件の焼き鳥屋さんと思しきお店が登場しているDVDを観て懐かしむのですが、チクテカフェは、果たして映像が残っているのかどうかわかりません。でも、オーディネールは確か、山田英治監督「春眠り世田谷」に登場していたはず。2階のあのソファーの席が出ていたはず。今度観てみよう。

園子温監督が「希望の国」を撮ったときに、
「“情報”を記録するのではなく、“情緒”を描きたかった」
と言っていました。
情報を記録するのではなく、情緒を。それが芸術の役割だと。
そう、僕たちは、大切なことを、たとえば好きだったお店のことを、情報として記録してなんていない。そこでのなんでもない、特に意味もないような情景、雨の日の他愛のないおしゃべりや、夕方に本を読みながらカフェオレとスコーンを食べたことだとかを、情緒として記憶している。僕には情緒を描く才能はどうもなさそうなので、頑張って記憶しておくしかない。忘れないように。

あ、園子温監督といえば、「愛のむきだし」のエンディングテーマ、ゆらゆら帝国の「空洞です」が僕はとても大好きで、映画館を出たその足で、「空洞です」が収録されているアルバムを買いにいったことを憶えています。「Hemisphere vol.2」にも書きましたが。
「空洞です」の2番の歌詞(今の歌も、1番、2番て数えるのかな?)はざっくり言うと、
「意味を求めるあまり無意味なものがなくて、町には甘いムードがないよ、ムードがいちばん大事なのに」って感じなのですが、この「本来無意味な存在であるムード」こそがまさに、カフェ。
そもそもカフェなんてものは、本当に無意味なものです。なくてもいいもの。でも、その「なくてもいいもの」が町にあれば、甘いムードが出るんです。カフェには、情報として記録されるような意味なんてないから、情緒として記憶しておかないと、あの頃の町のムードなんて、みんな忘れちゃうね。僕らのことも忘れちゃうね。

みんなに忘れられてしまうのはとても寂しいので、nicolasがなくなる前に(いや、そんなすぐにはなくならないよ。たぶん。)誰かnicolasを映像に残してください。映画のワンシーンのような映像を、情緒として描いてください。
それは、たとえばこんなのがいいな。黒にピンクの花模様の洋服を着た女性が、今日まさに彼と別れるところで、彼のほうは「ねえ、最後にあの店にもう一度だけ行こうよ。で、何もなかったみたいに秘密の話でもしようよ」なんて言ってるのですが、彼女は「もうアンタの顔も見たくないし、そんなセンチメンタルな女々しいこと言ってんじゃねえよ。これだから男は!」とうんざりしている、ってシーンがいいです。

でも、やっぱり、ベタだけど、
「記録よりも記憶に残る」店、
ってのがいいかもしれない。

これから先も、みなさんにたくさん記憶する猶予を与えていくことができたらいいな、と思っていますので、よろしくお願いします。それはそれは憶えきれないぐらい、たくさん。

たましいの場所。

早川義夫「たましいの場所」を読む。
ここ数か月の間で、早川義夫さんの名前を2回、目にした。僕が「好きだな」と思う言葉を使っている人が、早川義夫さんのことを書いていた。きっとこれはご縁があるに違いないと思って、さっそく。

読んでみて、全然「さっそく」ではなかったことがわかった。なんで今までこれを読んでいなかったのか。あまりにも遅すぎて恥ずかしくなるくらい。
好きなカフェの名前が出てきた。ディモンシュとミルクホール。使われている固有名詞は、作家さんと自分をつないでくれる、というか、つながった気にさせてくれるからうれしい。図々しいのだけど。
なんでこんなに読みやすいのだろうと、ちょっと考えてみたら、文体がとても好きだからだとすぐにわかった。あの人の文体に似ている。あ、でも、きっと、というか絶対にあの人も、早川義夫さんの文体が好きに決まってるから、自然とそうなっているんだろうな、なんて思ったり。
個人的には、小沢くんの文体も似ていると思った。声に出して朗読してみたら余計にしっくりきた。きっと、声に出すことを前提に言葉を扱っているからにちがいない。歌う人はきっとそうなんだ。

今、まだ、半分ぐらいしか読んでいない。
でも、今日はここでやめておこう。
ちょっと、とっておきたい。そんな気持ち。

カフェのテーブル。

園子温監督の「希望の国」を観る。

原作本や「非道に生きる」の販売が先にあったり、週刊誌での作家の樋口毅宏さんとの対談、園監督自身の意欲的な宣伝活動を見るにつけ、とにかく観たくて観たくて仕方がなかった。先週末に公開されたばかりなのだけど、ほんとに待ちわびた、という気持ち。

作家の高橋源一郎さんが、「恋する原発」を書いたときに、
「9.11のときに、これを題材に小説を書こうと思っていたのに書けなかった理由がわかった。9.11はぼくたちにとっては“対岸の火事”だった。3.11で“当事者”になり、書くことができた。」
という旨のことをどこかに書かれていた。
当事者。園子温監督の言葉でいうところの“関係者”。
僕たちが、僕たちの関係者であるのならば、東日本大震災の“当事者”だと思うのならば、この映画は観なければいけないものだと、僕は感じた。映画の感想は人それぞれあると思うし、それは個々の判断でいいと思っている。大事なのは、忘れないこと。なかったことにしないこと。ぼくたちは、ほんとにおはぎの脳みそで、3歩歩けばすぐ忘れてしまう。大量に流れてくる情報で、大切なものでもどんどん後ろに追いやってしまう。我ながらがっかりする。

「終わりなき非日常」を終わらせるためには、映画の老夫婦のように日常を終わらせる以外に道がないのだとしたら、それはとても悲しい。

ぼくたちカフェは、「日常」(あるいは「非日常」)を売り物にしていると思っている。
コーヒーを飲んで一息つく。一日がんばった自分へのご褒美に素敵なデザートを食べる。
そんなちいさなことだけど、そんなちいさなことを日常に見つけていくことは、「希望」とそんなにかけ離れているとは思わない。

園子温監督はずっと、否定的に「家族の食卓」を描いてきた。逃げ出したい対象としての「家族の食卓」。
今回は、逃げたくないのに逃げざるを得ない家族の食卓を描いた。

園子温監督が、著書「非道に生きる」の中で、表現者としての在り方にふれた際、
「これは映画にかぎらずレストランを開くコックさんだろうが同じ、商品の作り手すべてがそうだ。」
「どんなカレーであれ、美味しければ人を惹きつける。」
と、食に携わる人たちを引き合いに出してくれた。こんなことは、そうそうない。これが、僕にはすごく嬉しかった。

だから僕は、「カフェのテーブル」にできることは何かないだろうか。それを考える。

おかのちかげ作品展。

イラストレーターのおかのちかげさんの作品を、
11/15(木)~11/30(金)
まで、nicolasで展示します。

nicolasの1周年のときに、おかのさんに素敵な絵をいただき、そんなこんなで作品展をしてくださいます。
おかのさんのFacebook、blogはこちら。
Facebook
http://www.facebook.com/chikage.okano
作品blog
http://c-soco.blog.so-net.ne.jp/

コーヒーでも飲みながら、ゆっくりご覧になってくださいね。

チーズラボ6周年記念パーティ。

毎月、nicolasでチーズ教室をされているチーズラボさん。10月は、教室のかわりに6周年記念パーティが開催されます。
詳細はこちら
6周年、おめでとうございます。

北海道から沖縄(!)まで、日本全国のチーズを20種類に、日本のワインを合わせたパーティとのことです。
定員も限られていますので、お早目にチーズラボさんまで。

そのため、
10/28(日)は、
ランチ営業はお休みさせていただき、
16:00~
の営業とさせていただきます。

申し訳ありませんが宜しくお願い致します。

とっておき。

「コンプリートしたくない気持ち」がある。

なにか好きなものができると、
「これにまつわる全てをコンプリートしたい!」
と思うのが、わりと普通だと思うのだけど、その「コンプリート欲」を満たしたくない気持ちがある。
好きな作家の本だとか、好きなミュージシャンの音源だとか。

この気持ちを強く意識するようになったのは、中島らもさんが亡くなってから。
「ああ、もう、らもさんの新刊は読めないんだ」と思ったときから、まだ読んでないらもさんの本を、とっておきたいと思うようになった。

そもそも、別の誰かを「コンプリート」できるだなんて思ってるなら、それはとても傲慢なことだとも思うし。自分の記憶や体験すらコンプリートなんてできないよ。

僕がいつか病の床に伏して、明日には死にますってなったときでも、そのときに、とっておきの中島らもさんの「新刊」を読んで、新しい何かを発見して一喜一憂したい。自分の人生を見つめなおして、安堵したり、あるいは絶望したりして死んでいきたい。

そして、最後の晩餐の最後の一皿は、とびきりおいしいデザートを食べて死んでいきたい。僕が人生の最後に口にするものは「甘いもの」だって決まっている。
デザート食べずに最後の晩餐が終われるわけがない。

「ああ、死にそうだ。はやくデザートを持ってきてちょうだい!」
って。

CLASKA ケータリングフェス 「御野祭」 2012秋。

10月11日に開催される、
CLASKA ケータリングフェス 「御野祭」 2012秋
に、nicolasも参加させていただくことになりました。
詳細はこちら

久しぶりのケータリングです。
しょうがのマカロンなど、野菜を使ったフランス菓子を出す予定です。

平日ですが、仕事帰りにぜひお立ち寄りください。

CLASKA ケータリングフェス 「御野祭」 2012秋
[日時]2012年10月11日(木)19:00~22:00
[会場]CLASKA 3F Studio A
[入場料]500円(1ドリンク付き) ※各出店ブースでのご飲食はキャッシュオン制

なお、イベント出店のため、
10/11(木)は、
通常営業はお休みさせていただきます。
申し訳ありませんが宜しくお願い致します。