7.1996年のゆかさん

1.Sai River

2.1997年 別のユカさん

3.吉祥寺(の駅から徒歩25分の練馬区) 

4.食の記憶

5.セガフレード・ザネッティ

6. 認知について

7.1996年のゆかさん

 1996年、製菓専門学校2年生のとき、研修旅行でドイツ・フランスへ行きました。初めての海外旅行、立川でパスポートを作りました。

 いきなり話は逸れますが、この専門学校の学費、研修旅行の旅費、あとは毎月の仕送りを、自動車の部品をつくる工場で働く父と、音楽教師の母が工面してくれたんだな、とあらためて思います。自分を裕福だと思ったことはないけど、それでもけっこうなお金をわたしに使ってくれてたんだな。今nicolasにきている親をやっているお客さんたちと話すと、毎年とんでもないお金を子どものために稼いでいて、ただただ、ほんとうにすごいと思います。それにひきかえ、うちは毎日よぼよぼになるまで働いて2人食ってくのに精一杯で、不甲斐ないし、なんだかとても申し訳なく思います。

 閑話休題。
 まずドイツから。ドイツパンの実習をしたあと、ハイデルベルク城の観光をしてホテルへ。12月の前半だったと思うのですが、ホテルの前の広場ではクリスマスマーケットが開催されていました。それがあまりにもイメージしていた通りの外国だったので(ハウス名作劇場のような)、うれしくて友人と散策していました。メリーゴーランドとかあった気がします。クリスマスマーケットには屋台も出ていて、その中にホットワインを売っている屋台がありました。ちゃちな陶器のマグカップに入ってワインが売られていたのですが、どうしてかわからないのですが、わたしはそのちゃちなマグカップがとても欲しかったんですね。わたしはお酒が飲めないし、友人は「別にいらない」という顔をしている。そこにゆかさんが通りかかりました。
 ゆかさんには当時彼がいて(haruka nakamuraに似た可愛い男の子でした)、だから当然ゆかさんは彼と一緒にマーケットを散策していたのですが、わたしはゆかさんに「カップ欲しいから買いたいんだけど、ホットワイン飲んで」とお願いします。果たして、わたしはホットワインを買い、ワインをゆかさんに飲んでもらい、念願のちゃちなマグカップを手に入れます。マグカップには
「25 mannheimer weihnachtsmarkt 1996」
という文字とクリスマスの町並みが描かれていて、この盛大なクリスマスマーケットが25周年だったということを知りました。このときはたちだったわたしが生まれる前から続いているクリスマスマーケット。そのマグカップはその後もずっと大切にしていて、一度割ってしまったのですが金継ぎをしてもらい、今もnicolasにあります。

 フランスでは、ワイナリーの見学(まだワインには一切興味がありませんでした)、エコール・ルノートルでのフランス菓子の実習、レストランではテーブルマナー講座を受けながらコース料理を食べました。
 この頃のわたしはまだ、フランスに特別な憧れはなく、だからもちろんパリのカフェ文化なんて知る由もなく、自由行動のときもパリのマクドナルドに行って「チーズバーガーセットください」と言ったらチーズバーガーが7個(sept)出てきて、「いいネタが仕込めた」と喜んでいました。

 わたしとゆかさんは他愛もない会話をするぐらいの間柄でしたが、1996年のハイデルベルク城の橋の上で撮った写真やクリスマスマーケットで買ったちゃちなマグカップが今手元にあり、不思議な気持ちがします。
 ただの、研修旅行でのクラスメイトとの写真ですから、わたしには感情まで思い出せるような記憶はほとんどなく、ただ「写真が残っているからそうだったんだな」という事実を確認しているだけです。この頃のことは、わたしよりもゆかさんのほうがよく覚えています。「たぶん、わたしちょっと好きだった」と言っていて、記憶を捏造しているような気もしますが、覚えているんだからたぶんそうだったのかもしれません。ふたりでよく、「どっちのほうがかわいいか合戦」をしていたような記憶があります。(いや、これももしかしたらゆかさんの記憶かもしれない。)

 パリに憧れた女の子を好きにならなかったら、パリのこともカフェのことも、きっと好きになんてならなかった気がします。2006年の秋にゆかさんと結婚して、2度目のパリへ行きました。そのときには、ドゥマゴへ行ってタルト・タタンを食べて、サダハル・アオキへ行ってリュクサンブール公園を散歩して、ピエール・エルメへ行ってエクレアを食べながら歩いて、ビストロへ行ってスープ・ド・ポワソンを食べて、ムール貝を食べて、仔羊を食べて、ヴァンヴとクリニャンクールの蚤の市へ行って、カトラリーを買って、焼き栗を食べて、名前も覚えていないいくつものカフェに行って、わたしはカフェオレを飲んで、ゆかさんはワインを飲んで、トレンチコートを着てセーヌ川沿いを歩いてくるくる回ったりしました。わたしはパリのことを愛してるような顔をして、10年前には何も知らなかったくせに。(この頃にはもう、お菓子のケータリング・ユニットとしてのnicolasは誕生していて、「いつか自分たちのカフェをやるときにお店で使おう」とか言いながら蚤の市でカトラリーを買いました。今nicolasで使っているカトラリーのいくつかは、このときのものです。)

 海外旅行はこのあと1回だけ、nicolasを始めて2年目の夏にフィレンツェに行きました。その後はそんな余裕はなく、すっかり忘れていてパスポートも失効してしまいました。
 いつか、死ぬ前に、もう一度パリに、今度はローマに、でも、やっぱり、マンハイムのクリスマスマーケットに、もう一度行きたいな。

 30年前&20年前の、今のゆかさんとの話でした。