『死者のテロワール』曽根雅典 Deterio Liber

曽根雅典『死者のテロワール』出版のお知らせ

【発売中です】

曽根雅典『死者のテロワール』

装幀・写真 : 横山雄
編集:橋本竜樹、カワイアミ
発行:デテリオ音楽事務所
協力:曽根由賀

取り扱い店舗一覧
※取り扱い書店のオンラインショップでも購入できます。

推薦コメント一覧

『死者のテロワール・オリジナルノベルサウンドトラック』

『クロエ』MV‐Mao Otake

なにとぞよろしくお願いいたします。

10月のお休みのおしらせ

10月のお休みのおしらせです。

6(火)
13(火)
14(水)
20(火)
21(水)
25(日)
27(火)

10/25(日)は
『はなうたがすれちがう』
のため、通常営業はお休みです。

10/14(水)は
都合によりお休みをいただきます。

曽根雅典『死者のテロワール』発売中です。
取り扱い書店と、その書店のオンラインショップでも購入できます。
『死者のテロワール・オリジナルノベルサウンドトラック』も配信しています。

よろしくお願いいたします。

9月のお休みのおしらせ

9月のお休みのおしらせです。

1(火)
8(火)
15(火)
16(水)
22(火・祝)
29(火)

曽根雅典『死者のテロワール』発売中です。
取り扱い書店と、その書店のオンラインショップでも購入できます。
『死者のテロワール・オリジナルノベルサウンドトラック』も配信しています。

よろしくお願いいたします。

8月のお休みのおしらせ

8月のお休みのおしらせです。

4(火)
10(月)
11(火・祝)
18(火)
19(水)
20(木)
25(火)

8/10(月)は
都合によりお休みをいただきます。
8/18(火)~20(木)まで
夏季休業をいただきます。

曽根雅典『死者のテロワール』発売中です。
取り扱い書店と、その書店のオンラインショップでも購入できます。
『死者のテロワール・オリジナルノベルサウンドトラック』も配信しています。

よろしくお願いいたします。

7月のお休みのおしらせ

7月のお休みのおしらせです。

7(火)
14(火)
15(水)
20(月・祝)
21(火)
28(火)

7/20(月・祝)は
『山田俊二Trio』
のライブのため、通常営業はお休みです。

曽根雅典『死者のテロワール』発売中です。
取り扱い書店と、その書店のオンラインショップでも購入できます。
『死者のテロワール・オリジナルノベルサウンドトラック』も配信しています。

よろしくお願いいたします。

6月のお休みのおしらせ

6月のお休みのおしらせです。

2(火)
9(火)
16(火)
17(水)
23(火)
30(火)

曽根雅典『死者のテロワール』発売中です。
取り扱い書店と、その書店のオンラインショップでも購入できます。
『死者のテロワール・オリジナルノベルサウンドトラック』も配信しています。

よろしくお願いいたします。

15周年

15周年

 5月1日、nicolas15周年です。ほんとうに、こころからみなさんに感謝します。ほんとうに、ほんとうにありがとうございます。

 nicolasはこの先どうするんですか、とよく聞かれます。
「どうする」というのは、どうにかする選択肢(やお金)がある人のものなので、どうするもこうするも、nicolasには2択しかありません。需要がなくなって閉店するか、わたしかゆかさんが倒れるまでやるか、そのどちらかです。そこに至るまであと何年あるのか、それはわかりません。どうこうできるものでもない気がします。永く続いている諸先輩方のお店を、ほんとうにすごいな、と思っていたのですが、たぶん多くのお店はうちのこの状態と一緒なのかもしれないな、と思うようになりました。

 nicolasは15周年、ゆかさんと結婚して20年、わたしは50歳になります。まだ若いくせに何を大袈裟な、とお思いになるかと思いますが、ほんとうに、「ああ、終わるな。よく頑張ったな」と、人生に執着がなくなっていくのを感じています。ここまでの物語はいったん終幕です。(ある日突然世界が終わってもおかしくない、それを震災やコロナ禍などで感じてきましたので、伝えられるうちに全てを伝えて、ちゃんと物語を完結させておこうと思いました。ひとつの物語は終わりますが、まだ別の物語は続いていますし、新しい物語も始まるのかもしれません。)

 2年前に、小説を出版していただきました。その小説は、2061年、わたしがもういなくなったあとのnicolasが舞台の物語です。書いたときはコロナ禍で、2020年頃の当時の視点から、未来を創作して書きました。現実のnicolasの二次創作のような未来です。
 出版以降、ときどき、わたしがいなくなったあとの2061年のnicolasから今を見ているような感覚で、現実を生きているときがあると気づくようになりました。あの物語のあの場所から見た過去を、わたしは生きている。わたしがいなくなったところから、ひとごとのようにわたしはわたしを見ています。

 友人たちの子どもは、成人したり、大学を卒業して就職したりするような年頃になりました。30年前、上京してわちゃわちゃしていたあの頃のわたしと同じ年齢です。もしわたしに子どもがいたら、わたしが父を嫌ったぐらい嫌われていたと思います。
 友人たちにはそのうち孫ができて、おじいちゃんおばあちゃんになるんですね。子や孫がいる人たちは、しっかり人生に執着できている人が多い気がしています。わたしは田舎の母に、申し訳なかったな、とすごく思うようになりました。

 わたしは、自分の父親のことが心の底から嫌いでした。父はコロナ禍中に亡くなりました。父がいなくなったことによって、やっと、わたしは息子の自我を手放すことができました。
 わたしの父は、父親なんてものに最も不向きな人でした。あんな人でも父親をやらなきゃいけなかったんだな。父の頃はそういう時代だったと思うし、時代に抗えるような強さを持っていなかった人だったと思います。
 わたしは、たまたま運良く上手くいってしまっただけの人です。だから、うまくいかなかった人たちの側に立てる人でありたいとずっと思っています。それなのに、いちばんうまくできなかった人を見つけてあげられなかった。父が父をやらずに、息子のままで、夢をこじらせてnicolasのカウンターに来ていたら、きっと仲良くなれたかもしれない。父のトラクターが置かれた実家の物置には古いラジカセも置いてあって、もしかしたら父は、畑仕事をしながらベートーベンの『田園』でも聴いていたのかもしれないな、なんて思っています。

 わたしたちは親にはなれませんでしたが、それでもその代替品のようなことを、nicolasでの15年で少しはできたのかな、とも思っています。無責任な偽物にしかできないこと、紛い物だからこそできることもあると思っています。
 仮初めの息子や娘たちは、毎年のように増えて、今でもお店に来てくれています。それは、ほんとうにありがたいことです。できることならこの先も、この子たちがもし、成功できなかった、夢がうまくいかなかった、なりたかったものになれなかったとしても、それでも居ることができる場所でありたいと思っています。
 
 ほんとうはわかっているんです。nicolasは、過剰な愛をもらったんです。それは親のような愛です。みなさんのその過剰な愛のおかげで、わたしたちは15年続きました。普通の2人が普通のまま15年。それを同じように過剰に、あの頃のわたしたちのような人たちに渡していきたいと思います。この先ももう少し。

 執着がなくなってきて、初めて「愛」のことが少しだけわかってきた気がします。言語化はほんとうに難しいし、した途端に違うものになる気がしています。ああ、これか、これのことだったんだ、と感じるようなもの。五感の感覚が鈍ってきたおかげできっと、愛の気配を感知しやすくなったのだと思います。

 愛をありがとう。ほんとうに幸せです。あまりに多くもらいすぎてしまったので、もう少し生きて、ちゃんと返さなきゃと思っています。
 もう正解の人生に固執する必要もないですし、かといって、道をそれた生き方に居直ることもしません。ただ、目の前の人たちと日々を生きていくだけです。

 今後とも、何卒よろしくお願いいたします。

nicolas 曽根雅典 曽根由賀


(写真 須田洋次郎)

『クロエ』MV

『死者のテロワール・オリジナルノベルサウンドトラック』より
『クロエ』MV‐Mao Otake

Director:Yojiro Suda
Starring:Masanori Sone・Yuka Sone

9. 『茶番も15年、続ければ王道。』

1.Sai River

2.1997年 別のユカさん

3.吉祥寺(の駅から徒歩25分の練馬区) 

4.食の記憶

5.セガフレード・ザネッティ

6. 認知について

7.1996年のゆかさん

8.父の足

9. 『茶番も15年、続ければ王道。』

2月後半から毎週火曜日に更新してきた連載ブログ
『鈍色が眩しすぎて目を開けていられない』
は、来週の第10回、15周年のブログで完結です。
来週のブログは火曜日ではなく、5/1の金曜日に公開となります。
長々とお付き合いいただいてありがとうございました。

第9回の今回は、
過去に連載させていただいていたコラム、
この物語のスピンオフになるのような過去のブログ、
nicolasが発行していた『Nicome』という小冊子、
nicolasのこれまでの周年ブログなどをまとめました。
お時間あるときに読んでみてください。

・料理歳時記

・Nicome PV

・暁の戦力外部隊

・7周年

・一人の男が飛行機から飛び降りる

・愛をとりもどせ(10周年)

・憧れを超えていけ。(12周年)

・『茶番も15年、続ければ王道。』

・nicolas 13周年

・この先(14周年)

・番外編 曽我部恵一『幻の季節』PV
※2006年頃のゆかさんが出ています。2人目の女の子です。

5月のお休みのおしらせ

5月のお休みのおしらせです。

1(金)
2(土)18:00~open
5(火)
12(火)
19(火)
20(水)
26(火)

5/1(金)は
『nicolas15周年 山田俊二Trio』
のため、通常営業はお休みをいただきます。

曽根雅典『死者のテロワール』発売中です。
取り扱い書店と、その書店のオンラインショップでも購入できます。
『死者のテロワール・オリジナルノベルサウンドトラック』も配信しています。

よろしくお願いいたします。

8.父の足

1.Sai River

2.1997年 別のユカさん

3.吉祥寺(の駅から徒歩25分の練馬区) 

4.食の記憶

5.セガフレード・ザネッティ

6. 認知について

7.1996年のゆかさん

8.父の足

 わたしの父は、大学のときにオーケストラで海外へ行った、というのが一生の自慢で、常に周りを見下して生きているようにわたしには見えました。人付き合いが絶望的に下手で(それは当時の田舎では致命的でした)、仕事を転々と変え、最終的には自動車の部品をつくる工場に落ち着いていました。わたしが思春期の頃です。
 父は仕事から帰ってくると汚れた作業着を洗濯機に入れ、自室に籠ってクラシックを聴いていました。わたしが夜中にトイレに起きると台所にひとり座っていて、「あんなバカなやつらとは話にならない」と言いながらNewtonを読んでいたり、「木曽の曽に、根っこの根です」と、面接の受け答えの練習をしていたりしました。幼心に「こいつあかんやつや」と思っていましたが、今思えば父はこの頃40代、今のわたしより年下です。そんなもんだよな。携帯もインターネットもない時代の田舎の町で、周りの人の見よう見まねで、でもそれが全然上手くできず、それでも父親をやったんだと思います。
 音楽やってたインテリ青年が、レールに従って見合い結婚し、挙げ句、息子はおかまで娘は視覚障碍者、そりゃ無理ゲーってものだと思います。

 コロナ禍中、父は大病を患います。半年で、あっという間に亡くなりました。コロナ禍だったのでずっと面会ができず、やっと面会できるようになったのは、病院からホスピスへ移り、もう延命治療を一切しない状態になってからでした。父は薬で昏睡状態でしたが、ホスピスの方が「息子さん来ましたよ」と声をかけたら一瞬意識が戻り、わたしを見て「ゆっくりしていけよ」と言いました。(わたしはバカだからいい歳してコロナ禍のとき髪を青く染めていて、父が最後に見たわたしは青い髪をしていました。)
 父が元気だったころ、わたしが帰省すると必ず父は「いいだろう信州の自然は。ゆっくりしていけよ」と言っていました。三島由紀夫の『美しい星』なんか読んで小賢しくなったわたしは「自然はおまえの所有物じゃねえよ」と悪態をついていました。
 ゆかさんが、ベッドに横たわる父の足をみて、「足の裏、一緒だね」と言いました。父の足の裏なんて初めて見ました。親指の爪は巻き爪で変色していて、小指の付け根には大きくて分厚いウオノメがありました。飲食業でずっと立ち仕事をしてきた、わたしの足と一緒です。なんだ、からだを使って一生懸命生きた人の足じゃないか。

 父はリタイアしてからも、介護の仕事をしたり、高速道路の料金所の仕事をしていたそうです。普段は家の前にある小さな畑で、さつまいもやトマトを作っていました。病気が見つかる直前に、「もう少しちゃんと畑をやる」といって小さなトラクターを買ったばかりでした。祖父と父は全く似ていなかったけど、父もよく麦わら帽子を被っていた気がします。父は祖父に憧れていたのかもしれないな。祖父は、軍隊でラッパを吹いていたそうです。
 父はさつまいもを何度かnicolasに送りつけてきて、その不細工で不揃いなさつまいもで、わたしはニョッキを作りました。ニョッキはめんどくさくて、「もう二度とやらない」と、わたしは強く思いました。

父だけは、けっきょく一度もnicolasには来ませんでした。